2024年3月25日
生成AIと社内ルールのつくり方
「ChatGPT」をはじめとする生成AI(対話型AI)は、ここ数年、様々なシーンで広く活用できることがわかり、企業にとっても時代に合わせて進化する有意義なツールと考えられています。しかし、生成AIを企業内で利用する場合は、著作権侵害や情報漏えい、誤情報の拡散などといったリスクも抱えており、企業はリスクを十分に理解した上で、利用の可否や環境などを整える必要があります。
現在、多くの中小企業は生成AIを利用するうえでのルールが未整備のまま、社員が独自の判断で生成AIの利用を開始しているケースも見られます。そこで今回は、生成AIと社内ルールのつくり方についてご説明いたします。
【テーマ① 企業としての生成AI利用のメリットとリスク】
2022年11月に公開された生成AIの1つ「ChatGPT」。OpenAI社が作成した人工知能チャットボットです。人間のように自然に対話ができ、リリース以降2か月ほどで1億人のアクティブユーザーを記録したことから大きな脚光を浴びました。生成AIの巨大マーケットが出現したことにより、MicrosoftやGoogleなど大手IT企業も続々参入し、大きなうねりが起きています。
上述のとおり、生成AIは時代に合わせて企業が進化していくための有意義なツールとなり得ますが、ビジネスで活用する際においては一定の注意が必要です。そこでテーマ①では、企業としての生成AI利用のメリットとリスクについてご説明いたします。
■生成AI利用の大きなメリット3つ
メリット1:生産性の向上・利益増加
議事録の作成や文字起こし、文章作成、問い合わせ対応、データ処理などができることから、業務時間の削減や作業効率化を図れます。“プロンプト”と呼ばれる指示や質問を生成AIにうまくおこなうことが肝となりますが、これまで要していた工数を大幅に削減でき、その分を別の業務に充てられ、生産性の向上や利益増加(※)につながります。作業の一部を自動化できるため、自動化による大幅なコスト削減かつ人手不足への対応にもなります。
(※)中小企業へのAI導入による推定経済効果は11兆円(2025年まで)とされています。
メリット2:「クリエイティブ業務」のサポート
大量のデータをもとに自動で特徴量を抽出し、学習した情報をもとに一瞬で新たな情報を大量作成できるのも大きな魅力です。特徴量とは、対象の特徴が数値化されたもののことです。
生成AIでは、文章のほか、画像、映像、音声など様々な形でアウトプットできます。そのアウトプットをベースに改善・改良していくことで、より独創的かつ革新的なコンテンツを産み出しやすくなり、イノベーションが加速します。
メリット3:社員の離職防止、人材の採用
生成AIを活用することで単純作業から解放され、より創意工夫が求められる業務への転換をすることで、社員の満足度向上を図れます。それにより社員の離職防止にもなりますし、先進的な取り組みや業務課題に対して技術的知見を反映させる会社であると社会的に示すことで、採用力の強化につながります。
■生成AI利用にあたっての大きなリスク3つ
リスク1:出力情報が正しくない可能性がある
生成AIにおいて、もっともらしいウソ(事実とは異なる内容)の出力が生成される現象を“ハルシネーション(=「幻覚」の意味)”と言います。事実確認を怠った情報を外部に発信すると誤情報、偽情報の拡散となってしまい、会社の信用問題にも関わります。出力情報の事実確認や自ら調べることが重要となり、利用者一人ひとりが「生成された情報を鵜吞みにしない」という意識を持つ必要があります。
リスク2:著作権侵害のリスクがある
生成AIは既存のコンテンツを学習して新たなコンテンツを作り出します。学習用データが著作物でその生成されたデータを商業利用した場合、著作権侵害で法的な問題に発展する可能性があります。よくある例としては画像生成AIで、著作物を学習することでそれに類似してしまい、トラブルになるケースです。それを防ぐためにもチェック体制が求められます。
リスク3:情報漏えいのリスクがある
ChatGPTの場合、インターネット上の情報にプラスして、ユーザーからの質問や生成した回答も蓄積・学習しています。個人情報や企業の機密情報をChatGPTに入力してしまうとデータベースにその情報が記録されてしまうのです。つまり、ほかのユーザーが質問した際、その情報をもとに回答が出力される可能性があり、情報漏えいのリスクがあることから注意が必要です。
以上、企業としての生成AIを利用するうえでのメリットとリスクについて3つずつご説明いたしました。生成AIは大きなメリットがある反面、大きなリスクも抱えている諸刃の剣のようなところがあります。利用にあたっては「社内ルール」をしっかり整備しておく必要がありますが、テーマ②では、「社内ルールを作る前に確認すること」について先にご説明いたします。
【テーマ② 社内ルールを作る前に確認すること】
テーマ①で生成AI利用のメリットとリスクについて確認し、メリット面から「早速、業務に生成AIを導入してみたい」とお考えの方も大勢いらっしゃることと思います。とはいえ、「自社に導入できるのかわからない」「何を準備して、どのように進めたらいいかわからない」という不安や疑問を感じた方もいらっしゃるでしょう。テーマ②では、社内ルールを作る前に確認することについてご説明いたします。
■AI導入成功のポイント2つ
AI導入にあたっては、やみくもに実施してもうまくいかない可能性があります。そこでまず初めに、社内ルールを作る前に確認しておいた方がよい「AI導入成功のポイント」を2つ解説します。
ポイント① AI導入の心構え
ポイント② AI導入・活用の社内浸透
以下より、詳しくご説明します。
ポイント① AI導入の心構え
1つ目のポイントですが、実務へのAI導入にあたっては、将来達成したいビジョンに向けて“小さく・素早く始める”、“継続的・段階的に育てていく”という心構えが大切です。いきなり全社的で大規模な導入から始めず、低リスクで限られた業務範囲においてAIモデルを構築し検証していくのがお勧めです。検証・検討の結果、成果が出なかったAIモデルや不採用となったアイデアは取り除き、改善・改良をしながら、徐々にその範囲を拡大していくようにします。
ポイント② AI導入・活用の社内浸透
次に、AI導入・活用するにあたっては社内浸透させることも大切なポイントです。企業が持続的な成長を実現していくために「変革が必要である」ことを社長・経営者から社員へ伝え、変革するための手段の一つにAIがあることを理解してもらいます。部門の垣根を超え、社員一丸となってAI導入を“自分ごと”化し、その上で業務変革に取り組んでいくことが成功への秘訣です。
実際のAI導入・組織変革については推進者がいたほうがよいため、経営者の方が自ら推進する、あるいは推進者を任命して進めていく、外部のAI人材と協働していくなどを検討します。なお、推進者を任命する場合には、 本業の負荷を下げるなど検討・推進に取り組みやすくなるような配慮をしましょう。また、現場担当者などプロジェクトに関わるメンバー全員がやる気を持って取り組める環境整備も必要です。
■「AIの取り組み領域」をどのように決めるか?
「ポイント① AI導入の心構え」で、低リスクで限られた業務範囲においてAIモデルを構築し検証と上述しましたが、そもそも「AIの取り組み領域」をどのように決めたらよいか? 以下の3つのステップで検討してみましょう。
ステップ1:自社の経営目標・業務課題を把握する
ステップ2:AIを用いた解決案を広げる
ステップ3:解決案を評価し優先順位をつけ、取り組み領域を決定する
なお、「すぐできそうか」「できたらどれだけメリットがあるか」の観点で評価し、AIの取り組み領域を決定されるとよいでしょう。
■継続的にAIの理解を深め、社員のリスキリングも必要
AIは「一度作ったら終わり」ではないので説明会や勉強会を実施し、継続的にAIに対して理解を深めていくことが肝要です。AI導入・活用が社内浸透していくと、これまで行っていた単純業務が自動化され、社員の役割が大きく変わっていきます。よく言われるのが「AIが仕事を奪う」ということですが、ワークショップやeラーニングなどを通じて再教育(リスキリング)・業務変更のサポートをする必要性が出てきます。AIの足りない部分を補える、人間だからこそできる能力やスキルを向上させていくことが求められます。
以上、社内ルールを作る前に確認しておいた方がよいAI導入成功のポイントや、検討項目についてご説明いたしました。これをふまえた上で、テーマ③では社内ルールを作るときのポイントについてご説明します。
【テーマ③
社内ルールを作るときのポイント】
企業がいざ生成AIを導入・活用する場合、生成AIは大きなメリットの反面、リスクも抱えているため社員に向けた「社内ルール」を作ることが重要です。社内ルールを作る前提として、社内でどのような業務に生成AIを利用するのか、テーマ②でご説明したポイントをよく検討するようにしてください。テーマ③では、社内ルールを作るときのポイントについてご説明いたします。
■作成にあたって参考になるガイドライン
社内ルールを作成するにあたり、参考になるのが、次の2つのガイドラインです。
①日本ディープラーニング協会(JDLA) 「生成AIの利用ガイドライン」
②東京都デジタルサービス局 「文章生成AI利用ガイドライン」
①JDLAが策定しているガイドラインは、生成AIの活用を考える組織がスムーズに導入を行えるような利用ガイドラインとなっています。②東京都デジタルサービス局については、東京都の職員向けに作成されたものとなりますが、一般企業等にも参考となる内容です。
■社内ルール作成時に最低限明確にすべきポイント4つ
上記2つのガイドラインを参考に、社内ルール作成時に最低限明確にすべきポイントとしては次の4つです。
ポイント1:社員が利用できる生成AIの具体的な名称
ポイント2:生成AIの利用環境
ポイント3:プロンプトに入力できる/できない情報の種類
ポイント4:AI生成物を利用する際の注意事項
以下より詳しく解説します。
ポイント1:社員が利用できる生成AIの具体的な名称
生成AIには、「ChatGPT」を代表とするテキスト生成、「DALL-E」といった画像生成のほか動画生成、音声生成などいくつかの種類があります。生成AIは、AIサービスの構造や処理内容によって法的リスクが異なってくるため、業務のために生成AIの利用を許可する場合には、利用してよいサービスを特定した上で列挙し指定することが重要です。
ポイント2:生成AIの利用環境
インターネット上の公開された環境で生成AIを利用すると、入力内容が学習データとして保存されるなど、情報漏えいのリスクが高まります。企業としては、より安全な利用環境を共通基盤として整備した上で、生成AIを利用する場合には、その利用環境のみと限定する必要があります。
なお、会社が指定した生成AI以外に社員が利用を希望する場合には、「セキュリティ部門に問い合わせる」など併せて明記します。
ポイント3:プロンプトに入力できる/できない情報の種類
生成AIに入力する際、知的財産権の処理の必要性や法規制の遵守という観点から、以下①~⑥のデータを入力する場合は特に警戒を要します。
①第三者が著作権を有しているデータ(他人が作成した文章等)
②登録商標・意匠(ロゴやデザイン)
③著名人の顔写真や氏名
④個人情報(顧客氏名・住所等)
⑤他社から秘密保持義務を課されて開示された秘密情報
⑥自組織の機密情報
①~③は“単に入力する”こと自体は著作権、商標権、パブリシティ権の侵害には当たりませんが、生成物を商用利用すると権利侵害に該当するため、気を付けなければなりません。
④~⑥については、入力すると情報漏えいにつながる大変危険な行為となるため、一律禁止がよいでしょう。
ポイント4:AI生成物を利用する際の注意事項
AI生成物を利用する際の注意事項についても明記しましょう。注意事項としては次のとおりです。
①生成物の内容に虚偽が含まれている可能性がある
②生成物を利用する行為が誰かの既存の権利を侵害する可能性がある
③生成物について著作権が発生しない可能性がある
④生成物を商用利用できない可能性がある
⑤生成AIのポリシー上の制限に注意する
上記から言える、生成AI利用時の“行動のルール”としては、次の点が挙げられます。
・生成物の内容を盲信せず、必ず根拠や裏付けを自ら確認する
・生成物が既存著作物に類似しないかの調査や生成物の利用が権利制限規定に該当するかの検討を行う
・虚偽の個人情報生成は絶対行わない
・生成物をそのまま利用することは極力避け、できるだけ加筆・修正する
・生成物を商用利用する際には、権利関係を必ずチェックする
・サービスのポリシー上独自の制限に抵触していないか必ずチェックする
以上、社内ルールを作成するときのポイントについてご説明いたしました。上記は最低限明確にすべきポイントとなるため、このほかにも自社に即したルールを設ける必要が出てくることと思います。
編集者:井上晴司
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